東京地方裁判所 昭和26年(ワ)1849号 判決
原告 滝上金鉱株式会社
被告 帝国鉱業開発株式会社
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、被告は原告に対して金千五百万円及び之に対する昭和二十六年七月十五日以降右完済にいたるまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求める旨申立て、その請求の原因として、
一、被告会社は昭和十四年法律第八十二号帝国鉱業開発株式会社法をもつて設立された所謂国策会社であるが、昭和十八年一月二十二日日本産金振興株式会社(以下単に日本産金と略称する)を吸収合併した。
二、昭和十六年十月四日原告は日本産金に対して別紙引継目録<省略>記載の権利及び物件一切(以下単に本件物件という)を有姿のまま代金百五十五万三千三百六十四円七十二銭で売ることを約し、同月二十六日その引渡を了した。そして右契約の際、右売買代金額及び之に対する右契約締結の日以降年六分の割合をもつて計算した利子額の合計額から、日本産金が引渡をうけた後、滝上鉱山事業の経営によつて得た純益金額を差引いた金額でもつて、(但し日本産金が引受後投下した資金により増加した財産については別に原告は日本産金に対してその代金を支払うこと)右売買契約締結の日以後五年以内に、本件物件を買戻し得ることを日本産金は原告に対して約した。
三、そこで原告は右契約に基き、被告に対して昭和二十一年四月十九日附内容証明郵便で買戻しの意思表示をなし、同時に原告が支払うべき買戻代金額の計算を求め、同書面は翌二十日被告に到達した。
四、仮に前記売買の際なした契約が買戻でないとしても、再売買の予約であつてその条件は右買戻において述べたところと同様に定めたところ昭和二十一年四月十九日附の前記内容証明郵便によつて原告は被告に対して売買完結の意思表示をなしたのであるから何れにせよ、被告は本件物件を原告に右意思表示到達の日において引渡すべきである。
然るに被告は原告に対して本件物件中鉱業権、土地及び貯鉱を返還したのみで、これ以外の物件をも返還することができるのに、返還を拒絶している。従つて原告は被告に対して右債務の履行に代る損害(それは現在の価格によつて算定せらるべきものである)の賠償を請求できることとなるが、その損害は一億一千万円以上であるので、うち千五百万円及び之に対する訴状送達の日の翌日である昭和二十六年七月十五日以降完済にいたるまで商事法定利率年六分の割合の遅延損害金の支払を求めると述べ、
被告の第一の抗弁に対しては、
被告会社は昭和二十四年十二月三十一日をもつて新旧勘定を定立し、同二十五年四月一日第二会社新鉱業開発株式会社を設立し、新資産を第二会社に移し、被告会社は解散し、新旧勘定を併合したものであるから、同日をもつて被告の主張する旧勘定に対する制限は解除されたものである。
第二の抗弁に対しては、
一、本件物件(但し鉱業権、土地及び貯鉱を除く)が転用にあつて現在被告の手中に存しないことは認めるが、それだけでは法律上履行不能にはならない。少くとも売買完結の意思表示の当時には履行可能であつた。それはただ被告が右物件を再取得するにつき貨幣価値の関係上相当莫大な費用を要するというに過ぎないのである。
二、仮に履行不能であるとしても次の事由により被告に責任がある。
(1) 今次の戦争は本件物件等に対する被告の転用行為の縁由にすぎず、ことにその転用は被告の主張するように強制的命令によつたわけではなく、仮に転用自体が強制的命令によつたものとしても譲渡条件は自由に定め得たのであり、被告はその範囲に多分に自由裁量の余地を持つていたのであるから、買戻の特約を付するなり、種々の手段を講ずべきであつたのに、これをしなかつたのは被告の責任である。
(2) 仮に転用の際被告はその譲渡条件等について自由に定めることができなかつたとしても、その転用につき原告に通知し原告の承認、少くとも了解を得る手段を講ずべきであつたのに全然かくの如き手段を講じなかつたのであるから本件について被告に責に帰すべき事由がないとは言い得ない。
(3) 仮に転用が強制的で条件等についても任意に定め得なかつたものとしても、銅精錬上絶対必要な硅酸を一緒に産出する金鉱山はその稼行を継続し得たのであつて、滝上鉱山の鉱石は硅酸九二・一三パーセントを含有しており、このことは被告も承知していたのであるから継続稼行の届出をすれば当然許可になつたものである。原告が買戻をうけていれば、右届出をなし得たものであるから、それをしなかつたのは矢張り被告の責任である。
三、更に転用譲渡が被告の責に帰すべからざる事由による履行不能であつたとしても、被告は代価九十三万二千六百四十五円一銭を得て目的物を譲渡したものであるから、その代償たる利益の現在評価額即ち右代価の二百倍を請求しうるからそのうち請求趣旨記載の金額の支払を求めるのである。尚被告がその主張のような五十三万余円の損失をうけたとしても国家総動員法第二十七条によつて損失補償がなされたものである。と述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、本案前の抗弁として、原告はさきに、原告が本件物件に対し、金百四十六万四千五百六十四円七十二銭及び之に対する昭和十六年十月四日以降昭和二十一年四月三十日迄年六分の割合による金員と引換に買戻権を有すること及び該物件中鉱業権、土地及び貯鉱を除きその余の物件につき、右金員引換に昭和十六年十月四日当時の原状に回復して、被告が原告に対して引渡すべき義務を有することの確認を求めると主張しながら、後これを請求の趣旨並びに原因記載のように給付の訴に変更したことは請求の基礎を変更するものであるから許すべからざるものであると述べ、本案の答弁として、
原告主張の事実中、被告会社が原告主張のように設立され、日本産金を吸収合併したこと(但しその日時は昭和十八年四月三十日である)、昭和十六年十月四日原告が日本産金に対して本件物件を代金百五十五万三千三百六十四円七十二銭で売却することを約し、該契約に基いて同月二十六日右物件を引渡したこと、原告主張のような買戻等の意思表示の内容証明郵便の到達したこと、原告主張の鉱業権、土地及び貯鉱を原告に返還したこと(但しこれは原告主張のような買戻又は再売買によつてなしたものではなく、被告が金鉱業整備に関する業務につき政府の代行機関として政府の通牒に基きその指示する方法と価格とで処分したものである)は何れも認めるが、その他の事実はすべて否認する。右売買の際、日本産金が本件物件を他に売却するときには、あらためて相談のうえ優先的に原告に売ることを原告に約したものであつて、それはあくまでも、道義的義務を負つたにすぎないものであると述べ、抗弁として、
一、被告は特別経理会社として企業再建整備法第六条に基く決定整備計画により解散した会社で、決定整備計画に基いて債権債務の整理をなすのであり、会社経理応急措置法第十四条及び企業再建整備法第十九条によつて、仮に原告が被告に対して買戻又は売買に基きその主張のような債権を有するとしても、整備計画に掲げられていない債権であるから、それについては弁済をなすことを得ないのである。仮にそうでないとしても、企業再建整備法第十六条に基いて被告会社に対するすべての債権はその五二・六パーセントを切捨てられたものであるから、原告の債権も四七・四パーセントの範囲において請求し得るにすぎず、その他の部分については確認を求めるはとも角給付請求はできないものである。
二、我が国の国策は昭和十七年以後強く戦時体制に切替られ、産金奨励の時代は終つて、銅、鉛、亜鉛等直接戦争に必要な資源の開発に重点が移され、金鉱山は整理されることになつた。しかして国家総動員法第十六条の二、三に基いて昭和十七年五月十三日勅令第五〇三号企業整備令が公布施行され、同令第五条第二十二条に基いて、被告会社は昭和十八年五月一日商工大臣より金鉱業整備上必要な事業を実施すべきことを命ぜられ、その補償、資金の融通をなす機関としてその受託会社に命ぜられた。そして当時右鉱山の整備に対しては誰一人として反対するものはなく、若し自発的に応じないときには右国家総動員法及び企業整備令によつて強制的に政府は転用を命じうる態勢にあつたのであつて、右法令に基き政府は昭和十七年十月二十二日の第一次閣議決定により金鉱業の整理の方針を定め、更に同十八年一月十二日の第二次閣議決定により右整理の方針を改訂強化し、よつて生ずべき資材労務等を他の重要鉱業に転移活用することとし、かくて同年五月政府は本件鉱山の設備一切を転用することを決定して鉱業権土地等一切を含めて金百一万九千七百三十一円五十一銭の補償をなしたものである。そうすると仮に原告主張の買戻又は再売買の予約があつたとしても、被告は本件物件の転用を免れ得なかつたものであるから、被告の債務は被告の責に帰すべからざる事由によつて履行不能に帰したものである。従つて仮に原告が被告から本件物件の返還をうけていたとしても当然前項記載の補償金をもつて転用をうけた運命にあつたものであり、そして被告の前身である日本産金は原告から金百五十五万三千三百六十四円七十二銭で買受けたものであるから結局原告は利得こそすれ何等の損害をうけていない。と述べた。<立証省略>
三、理 由
被告は、原告がさきに、別紙目録記載の物件、(但し鉱業権、土地及び貯鉱を除く)につき金百四十六万四千五百六十四円七十二銭及び之に対する昭和十六年十月四日以降昭和二十一年四月三十日迄年六分の割合による金員と引換に買戻権を有すること及び被告が右物件につき右金員引換にこれを昭和十六年十月四日当時の原状に回復して原告に引渡すべき債務を有することの確認を求めると主張しながら、後これを請求の趣旨並びに原因記載のように給付の訴に変更したことは、請求の基礎を変更するものであるから許すべきものではないと主張するので考えるに、右変更前の請求は昭和十六年十月四日原告が日本産金に対して本件物件を譲渡する契約をしたとき、右物件につき原告主張のように原告が買戻(又は再売買)し得るという約束があつたと主張してその確認を求めるものであり、変更後の請求はその買戻(又は再売買)の約束に基いて、それによつて生ずる被告(後述のとおり被告は日本産金の地位を承継したものである)の債務の履行を求めるものであるから、両請求は結局請求の基礎を同一にするものというべく、この点に関する被告の主張は理由がない。そこで進んで本訴請求原因について考える。
被告会社が昭和十四年法律第八十二号帝国鉱業開発株式会社法をもつて設立された所謂国策会社で昭和十八年日本産金を吸収合併したこと、昭和十六年十月四日原告は日本産金に対して本件物件を代金百五十五万三千三百六十四円七十二銭で売却する契約を締結し、該契約に基いて同月二十六日右物件を引渡したことは何れも当事者間に争がない。
(一) そこで先ず前記原告が日本産金に本件物件を売却したとき原告主張のように買戻か、又は再売買の予約がなされたものであるかどうかについて判断する。
成立に争ない甲第一号証、証人松本彬(一部)、同渡辺佳英(一部)、同志達定太郎の各証言及び原告会社代表者本人尋問の結果を綜合すれば、原告は、日本産金から右売買契約締結前に数回に亘つて本件滝上鉱山の選鉱物設備等のため合計金百六十余万円の融資を得てきたところ、それが日本産金の認定した融資限度額に達したゝめそれ以上の融資を拒絶された。そして当時は産金奨励の時代であつたので原告としては経営を続けたいものゝ一方日本産金から融資を得られないではそれもできず、それかと云つて当時の国家の要求もあり滝上鉱山をすてておくわけにも行かない実情にあつた。そこで原告は当初日本産金に対し、委託経営の申込をしたが拒絶されたのでやむなくその要請により従来の借入金を売買代金として右鉱山を売渡すこととなり、当時原告は既に滝上鉱山に電力設備を入れて二百五十万円以上の投資をしていたのであるが、その設備など一切(本件物件)を前記のとおりの代金で売り渡す旨の契約を結んだ。然し原告は滝上鉱山の経営に相当の執着と望みとを持つていたので、資金ができたときいつかは再び自己の手で経営できるよう契約条項に入れてもらいたいと要求した結果、日本産金は国策会社であり、融資金の回収さえできればよかつたので、右の要求を容れ、売買契約書(甲第一号証)の中に、「日本産金が滝上鉱山を引受後投下した資金により増加した財産に対しては原告において別に代金を払うものとし、日本産金が滝上鉱山事業の経営により得た純益金額が売買代金及び之に対する年六分の割で計算した利子額の合計額を超過するにいたつたときは契約締結後十年以内に原告は日本産金に対し本件物件の無償譲渡を求め得ること、日本産金の得た純益金額が売買代金及び之に対する年六分の利息の合計額を超過するにいたらなかつた場合であつても、右売買契約締結後五年の期間内において原告は日本産金に対し本件物件を代金額は無償譲渡の場合に準じて計算することゝして買戻の趣旨を以て譲渡を求め得ること、なお日本産金は本件物件を更にその投資会社に譲渡することができるが、その場合には投資会社をして右原告の請求に応ぜしむるよう斡旋すること」等の条項を書き入れるに至つたことを認めることができる。以上認定の事実によると、売買物件が不動産の外鉱業権動産類を包含すること、買戻をうけ得る金額が売渡代金と別異に定められ、契約の費用等については定めがない点等から、契約書の中に買戻云々の文字はあるが、売主側に売買契約を解除する権利を留保した民法にいわゆる買戻の特約がなされたものであることは認めることができない。尤もこの点に関する証人志達定太郎の証言は当裁判所措信せず他には買戻の特約を認めるに足る証拠はない。
然しながら右認定の事実から考えるに、原告としては本件物件を百五十五万余円で売り切る意思のなかつたことは明かであり、他方日本産金としては右売買契約をなすに至つたのは、前記のとおり別に営利的目的からではなく、原告に融資した元金及びそれに対する商事法定利率年六分の割の利息の回収を目的としたものであること、従つて当時の産金奨励の国策にそい、滝上鉱山を経営し、それによつて純益があつたときはその純益を原告が再び売買物件等の所有者となるときの実質上の代金に当てようとしたものであること、つまり日本産金としては前記目録記載の権利及び物件等によつて日本産金の原告に対する債権を保全せんとするのがその眼目であつたことから、原告に再び右物件の所有者となりたい意思があれば、五年内にその権利を行使することにより、一定の条件の下に、その所有者となり得る機会を与えたものであることが窺い知られる。そうするとかような契約はいわゆる再売買の予約であると解するのが相当である。原告から買戻したいとの要求があつたときには日本産金はその要求を考えてあげようという単に道義的な義務を日本産金は原告に約したものであるという証人山口六平、同松本彬、同渡辺佳英の証言は当裁判所これを措信しない。その他には右認定を左右するに足る証拠はない。
(二) そしてその後被告が日本産金を吸収合併したことは前記のとおりであり、原告が被告に対して前記再売買の予約に基いて昭和二十一年四月十九日附内容証明郵便で再売買完結の意思表示をなし、同時にその代金額の通知を求め、該郵便は翌二十日被告に到達したことは当事者間に争のないところであるから、他に特段の事情の存しない限り、本件物件につき、原告と被告との間に原告を再売買の買主、被告を売主とし、代金は前記契約条項に基き確定される再売買契約が成立したものと云わなければならない。ところが本件物件は、これより先戦時中(それが昭和十八年五月頃であることは後に認定のとおりである)国から買上げられて土地貯鉱及び鉱業権を除いては他の鉱山等に転用譲渡され被告の手中に存しないことは当事者間に争のないところであるから、右物件はこれにより引渡不能となり、原告の本件再売買の予約完結権は当時消滅に帰し、従つてその後になした原告の前記売買を完結する旨の意思表示は再売買を成立せしむる効力を有しないから、結局前記再売買は成立するに至らなかつたものというべきである。原告は右物件の転用を以て履行不能ではないと主張するが、転用の当時、被告において買戻その他の方法により第三者より右物件の所有権を回復し、これを更に原告に移転することが可能であるという点については、これを認めるに足る証拠がないから右主張は採用することができない。又原告は少くともその後売買完結の意思表示の当時には履行可能であつてそれはただ被告が右物件を再取得するにつき貨幣価値の関係上相当莫大な費用を要するに過ぎないと争うが、仮にかような立場をとるとするも、いわゆる履行の能不能は取引の通念に照し定めるべきであつて、証人多田満や原告代表者本人の供述によつてもその履行可能の事実を認めるに足らず、他にこれを認める証拠は存しない。そうすると履行が可能であることを前提とし履行に代る損害の賠償を求める原告の本訴請求はその余の点に論及するまでもなく失当であるといわなければならない。
(三) そこで次に右履行不能が被告の責に帰すべからざる事由によるものであるという被告の抗弁について考える。
証人渡辺誠(第一、二回)、同高島節男(第一、二回)の証言により真正に成立したと認められる乙第四号証の一、二、同第五号証証人渋谷政俊(第三回)の証言により真正に成立したと認められる乙第九号証及び証人渋谷政俊(第一回)、同山口六平、同松本彬、同高島節男(第一、二回)同渡辺誠(第一、二回)同津田広の証言によれば、次の事実が認められる。即ち、前記売買契約が締結された後昭和十七年後半期においては金は国策上の重要性を失い、銅、鉛、亜鉛等戦争に直接必要な金属に重点が移されたこと、かくて政府は金鉱山中(1) とくに重要鉱山として指定されたもの(2) 銅精錬上絶対必要な硅酸鉱を銅乾式精錬所に送鉱する鉱山(3) 金に随伴して相当量の銅鉛アンチモニー等を産出する鉱山等を除いてその他の鉱山を整理することとし、その整理の方法はその鉱山の全部又は一部を休止又は廃止せしめ、休止は別とし、廃止したものに対しては補償をする、補償は鉱区、坑道、土地、建物、選鉱設備等全資産を被告会社をして買い取らしめる方法によりこれをする、そしてかように整理によつて生じた資材設備はこれを計画的に銅その他の戦争目的遂行に直接必要な鉱山に転用すること等の方針を定め、国家総動員法第十六条の二、三企業整備令第五条第二十二条等に基いて、これを実施すべくその閣議決定をしたこと。そして個々につき具体的に整備を決定する機関としては商工省鉱山局、鉱山統制会等をしてこれに当らしめたこと、被告は国家総動員法に基き政府から昭和十八年五月一日総動員業務の協力者に指定され、右整備機関の決定により休止又は廃止した鉱山につき金鉱業者又は金精錬業者にしてその事業の全部又は一部を休止又は廃止したものに対し補償をなし、又は金鉱業又は金精錬業の整備の迅速且つ円滑をはかるため右補償の実施にさきだち資金の融通をなすことを命ぜられたこと、そして被告はその実施に当つては金鉱業特別会計を設けて、その計算を一般会計及び他の特別会計より区分して整理することとなつたこと、本件滝上鉱山は当時被告会社の一般会計において運営されていたが、右鉱山は重要鉱山には指定されておらず、又北海道においては前記(2) の硅酸鉱を送鉱する鉱山を必要とせず、従つて右鉱山には当時整備を免れる事情は何もなかつたので、同年五月頃整備機関により廃止鉱山に指定されたこと、当時の政府の方針としてはなるべく強制することを避けていたが、廃止の指定を受けた鉱山に対しては労務資材等すべて割当制であつたのにその割当をせず、ために廃止の指定をうけると事実上操業は続けられない状態にあり、廃止鉱山に対しては、なるべく自発的にその設備を政府に提供せしめる方針をとつたこと、かくて当時は戦争に必要な物資については供出熱の旺んな時で、廃止の指定を受けた鉱山は当時全国で二百位あつたが、それらはすべて自発的にその設備を政府に提供し、むしろ喜んで提供する状態で、条件など希望せず、強制されたものなど一つもなかつた、しかし若し自発的に提供しない場合は、最後の手段として政府は前記法令に基いて強制的に譲渡を命じうる態勢にあり、従つて提供に当つても買戻などの条件を付しうる事情にはなく又条件を付したものは一つもなかつたこと、そして本件物件も被告より自発的に売買の形で提供され、被告会社の一般会計は前記特別会計より合計金百一万九千七百三十一円五十一銭の補償金名義の対価を受けたこと、次いで政府はその後本件物件(但し鉱業権土地及び貯鉱を除く)を京都府下下和知村粟村鉱業所に転用譲渡したこと、を認めることができる。加うるに当時は対外的にはいわゆる太平洋戦争はいよいよ苛烈を加え、対内的には国家権力が日増に強化されつゝあつたときであり、とくに戦争に直接必要な物資については政府の統制力が日増に加えられつゝあつたことは公知の事実である。かような事情の下に前記のように右鉱山が整備されて本件物件が政府に提供され他に転用された結果、本件再売買の予約が履行不能となつた場合(たとえ強制的に譲渡を命ぜられたのでないとしても)その履行不能の責任を被告に帰せしめることは酷に失するものであつて妥当でない。証人渋谷政俊の第三回証言もこの認定を妨げるものではなくこの点につき右認定に反する原告会社代表者武藤源孫本人尋問の結果は当裁判所措信しない。その他には以上の認定を覆すに足る証拠はない。
原告は、本件転用は強制的命令によつたわけではなく、仮に転用自体が強制的命令によつたものとしても、譲渡条件は自由に定め得たのであり、被告はその範囲において多分に自由裁量の余地を持つていたと主張するそして本件転用が強制的命令によつたものでないことはさきに認定したところであり、又なる程企業整備令第六条以下によると強制的命令によつた場合においてもその条件は当事者の協議による等の規定があるが、本件整備に関する限り、かような規定は前段認定のとおり適用の余地がなかつたのであり、しかも事実として右認定のとおりの事情の下に行われた転用につき被告に責任ありとすることはできない。
次に原告は右転用につき原告に通知し原告の承認少くともその了解を得る手段を講ずべきであつたのに、これをしなかつたのであるから被告に責任があると主張するが、前記認定のとおり、本件物件が原告の手にあつたとしても転用を免れたであろうという事情は何も認められないのであるから、さような手段を採らなかつたからとて被告に責任があるとはいえない。もつとも原告代表者本人は原告は栃木県に銅鉱山を経営しており、若し原告が右転用につき通知を受けていたら右銅鉱山にその転用を受けることができたであろうと供述しているが、原告経営の右鉱山が当時転用を受ける資格や条件があつたことを認めるに足る証拠がないのであるから、やはり被告の責任であるとすることはできない。
原告は更に銅精錬上絶対必要な硅酸鉱を産出する金鉱山はその稼行を継続することができたのであつて、滝上鉱山の鉱石は硅酸九二・一三パーセントを含有しており、被告もこれを承知していたのであるから継続稼行の届出をすれば当然許可になつた筈であると主張するが、前記措信し難い原告代表者の供述を外にしては、右事実を認めて前認定を動かすに足る証拠はない。
そうすると本件再買売の予約は被告の責に帰すべからざる事由によつて履行不能となつたものといわなければならない。従つて右履行不能が被告の責に帰すべきものであることを前提とする原告の本訴請求も既にこの点において失当というべきである。
(四) 次に原告は仮に履行不能が不可抗力に基くものであるとしても被告は代価九十三万二千六百四十五円一銭を得て目的物を譲渡したものであるから、その代償たる利益の現在評価額即ち右代価の二百倍を請求し得る。と主張するが、前記認定のとおり、本件再売買の予約は転用の結果履行不能となり、原告は予約完結権を失い、再売買は遂に成立するに至らなかつたのであるから、原告は本件物件の引渡を求める権利を取得するに至らず、従つて整備の結果被告の取得した代償の引渡を請求する何等の根拠がない。そうすると、かような権利の存在を前提とする右主張は爾余の点に論及するまでもなく失当というべきである。
以上により原告の本訴請求はその他の点について判断するまでもなく失当であること明かであるから棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 藤原英雄 西川美数 鈴木重信)